海外

シンガポール出張① シンガポールの仲間

さて、シンガポールは2001年の1月以来、実に約8年ぶりとなりましたが、チャンギ空港から市内へ車に乗りながら思った第一印象は
 
 
「とにかく、高いビルや高いコンドミニアムが増えた!」
 

ってことでした。
 
tall%20building1.JPGtall%20building2.JPGtall%20building3.jpg1raffles.jpg
 
 
それもそのはず、タクシーの運転手さんに話を聞いてみると、政府が住宅を購入するように住宅ローンを半強制的に低金利で貸し出していたそうです。

 
初日の朝は、早朝から元同僚の世界有数のプライベートバンクで働いているK氏と朝食をとり、今回のシンガポールでのスーパーバイザーとなって頂きました。
  
kk%20breakfast.JPG 
  

K氏の絶大なるサポートのお陰さまで、今回の滞在中に同僚のプライベートバンカーの方やシンガポールで会社設立等の支援をしている会計事務所の方をご紹介して頂き、ランチでの話を通じて

 
「シンガポールはアジアのハブ」

  
になりつつあるのを実感しました。というのも、その紹介して頂いた方もK氏も全くもってシンガポール生活に支障は無く、不自由なく、身の危険を感じたことがないという話がありました。そして、全員に一致していた見解としては、アジアでビジネスをやるには環境として政治は安定しているし、税率は極めて低いし(法人税率は20%弱、所得税も最大でも20%程度、消費税は7%とのことです)、外国資本は積極的に導入していることを考えるとシンガポールがアジアでは最適な場所であるということです。どこかの国の政治とは違い、小さい国をどのように世界的にアピールするかに長けた極めてスマートな国だと改めて感じました。
 
 
K氏の働くオフィスビルは、いわゆる日本でいう六本木ヒルズの雰囲気のところで、数年前に建てられ世界中の金融機関そして頭脳が集まっている場所でした。
 
office.jpg
waiting%20room.jpg
 

オフィスにお邪魔させて頂いた応接室から見る外の景色から分かるとおり、湾岸地域を中心にカジノ施設等、開発が急速に進んでいる様子が伺えます。ただし、リーマンショック以降はさすがに陰りはみえてきたそうですが。
 
casino.jpg
 
そしてK氏の住む高級マンションにもお邪魔してきたのですが、やはりこのような地域もシンガポールが優秀な頭脳を世界から集めているのと同時に開発されてきており、シンガポールで働く外国人の家族が安全に住みやすい環境のインフラ作りに計画的に開発してきた様子も伺えました。K氏の奥様のお話でも、特に暮らす上で不自由は無く日本にいるのとほとんど変わらないような生活ができるのが、思った以上に良かったとありました。

K%27s%20house1.jpg
K%27s%20house2.jpg
 
 
最終日の出発直前には、K氏もそうですが入社同期の友人がシンガポールで運用会社で働いており、久しぶりに再開し活躍の様子やシンガポール生活を満喫している話を伺いました。

H%26K.jpg
K%26K.jpg

いずれにしても、今回はK氏に何から何までお世話になり、持つべきものは信頼できる優秀な仲間だなと改めて感じました。この場を借りて、改めて厚く御礼申し上げます。
 
Mr.K.jpg
   
その他に仲間との出会いという観点では、2000年夏から2001年にかけてお世話になっていたシンガポールのベンチャー企業仲間にも急な訪問にも関わらず8年ぶりに会えました。

WJHR.jpg

 
彼らは、その当時の会社後は、ロンドンでデザインを学びシンガポールで小さな会社を運営していたり、ニュージーランドに留学し現在は国際的なIT会社のコンサルタントになっていたりと、各々の分野で活躍している様子が印象的でした。

 
特に今回は、その当時のCEOと思い出話から企業経営に関する話を3時間程度とめどなく話した内容が、今回の主目的でもある起業家精神の向上という点でも、友人との再会という点でも充実しました。

Kokhing1.jpg 
 
  
結果的にその会社は倒産したのですが、何故失敗したのかというお互いの反省の話が非常に心に残りました。彼によると、市場が無かった、技術が無かった、リーダーシップが無かった、人を雇いすぎた、顧客が誰かターゲットできていなかった、等々の様々な失敗の要因があったれども、最も重要だったのは、「心意気」が足りなかったことだったと考えていました。

  
その当時の彼(彼が26歳くらいの頃)は、「欲望」、「怒り」、「見栄」といった悪い状態の「心意気」で仕事をしていたため、何をやっても上手く進むことができなかったと振り返っていました。僕は、その当時学生という立場でしたが、複数人のシンガポール人と3人いた日本人が次々と辞めていく中で、最後の日本人としてなんとかしたい気持ちから、どうしたらもっと経営がうまくいくのかを本気で彼に話したことを思い出したりしました。
 
 
彼は、その当時の自分を振り返り、至らないことが多々あったことを、「Sorry」 と言っていましたが、僕は逆にあのシンガポール時代の失敗から、会社を経営するにあたって、「何をやってはいけないか」、ということの多くを学び、現在自分が会社経営をする立場になり非常に役に立っているという話をしました。

 
何もやらないで生きているよりは、何かを本気で取り組んでたとえそれが失敗したとしても、そこから多くのことを学べることを彼との話から改めて気付かされました。そんな彼は、会社が倒産した後も様々な挑戦を続け、直近ではカリフォルニアのバークレーでMBAを取得してシンガポールに戻り、今度は堅実な事業を立ち上げようと模索していました。彼の成功を祈ってやみません。

Kokching2.jpg

クリニック専門のホームページ作成/ホームページ制作で日本一を目指すメディウィル

シンガポール出張

タイトル: シンガポール出張
 
何故か急に思い立って、シンガポールに1週間出張してきました城間です(笑)。
 
実は、私学生時代の2000年8月~半年あまり、シンガポールのベンチャー企業を手伝いに住んで働いていたことがあります。

 
その頃から、将来シンガポールはすごい国になるだろうなと感じていたのですが、ここ数年、元同僚が次々とシンガポールに移住したり、2009年2月15日に放送されたNHKスペシャルでそのシンガポールの昨今の目まぐるしい成長を目にし、その熱気を肌で感じ起業家精神に更に火をつけ、何か新しい気付きを得ようと思ったのが一つ目の目的です。

 
また、シンガポールは政府の後押しもあって、「メディカル ツーリズム(医療観光)」にも力をいれており、シンガポールでは医療目的の外国人の患者が2006年時点で約410,000人だったのが、2007年には571,000人になり、1,700億ドルもの市場規模になっているようです(Straits Times (11 January 2009) より)。昨今の、世界的不景気により、減少している模様ですが依然として2012年までに100万人の規模の外国人患者を集める目標を定めています。この政策の受け皿となっている医療環境を視察しようと思ったことも第二の目的です。
 

そんなシンガポールは、国の面積はほぼ日本の琵琶湖と同じで約700㎢、人口約480万人強、その内日本人は約2万6,000人(在シンガポール日本国大使館より)住んでいるそうです。最近の調査では、一人あたりのGDPが日本を超えアジアで最も豊かな国になっています。
 
 
今回は、元同僚で最高に信頼できるK氏のお陰さまで大変充実した出張となり、結果的に大きな2つの観点の重要な気付きがありました。その内容を記事を分けて報告させて頂きますね。
 

クリニック専門のホームページ作成/ホームページ制作で日本一を目指すメディウィル